(仮)

No アイドル No Life

染、色

 

 

 

自担が天才なんだが。

 

 

自担というのは、皆様ご存知NEWSの加藤シゲアキさんなんですけど、歌って踊れるジャニーズ所属のアイドルであり、第164回直木賞候補、第42回吉川英治文学新人賞を受賞なさった作家先生でもある加藤シゲアキさんがなんと、戯曲を書かれたとのことで。ちょっと待って私の自担、万屋すぎん???加藤さんにできないことある???えっ?運動???んなもん超絶キュートやろがい!!!!加藤さんの可愛さを引き立たせる要素でしかないわい!!!!!はぁ〜〜死角なし〜〜〜!!!!

 

そんな加藤シゲアキさんが脚本を執筆し、事務所の後輩であるAぇ!groupの正門くんが主演を務めた舞台、「染、色」が7月9日19時より配信され、見逃し配信も7月11日(加藤シゲアキさん34歳のお誕生日です!!!)まであるというので、興味を持ってもらえたらいいなと思い久々に長い文を打ってます。

 

舞台「染、色」 | Johnny's net オンライン

 

私が観劇したのは一度だけなので、細かいところは拾いきれてないし、好き勝手に解釈したので、は?何言ってんだこいつ??解釈違いだが???ってこともあると思いますが、そこは、ふーんそうやって解釈する奴もいるんだ、おもしれー女くらいに思ってください。よろしくお願いします。以下、がっつりネタバレ有りです。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

染、色を観たらまず論点になるのが

 

 

 

 

真未は何者か

 

 

 

 

だと思うんですよね。

 

 

 

私は真未を深馬の無意識の擬人化だと解釈しました。

 

 

 

理由はいくつかあるのだけれど、まず一つ目は、真未が現れるのは深馬が眠ったときだったということ。真未が舞台上に現れる時、基本深馬は眠ってるんですよね。深馬が起きたら絵が完成している。これを私は一種の夢遊病的な症状なのかなと思いまして。普段は理性で押さえ込んでいる真未(深馬の無意識)が、理性が眠ることによって、とって変わって出てくる。だから真未(深馬の無意識)はブレーキがない状態で衝動的な絵が描けたのではないかなと。

 

無意識をエスやイドって言ったりするんだけど、エスとは、本能的な欲求や生理的衝動のこと指しているんですね。

 

エスは、人間の心の中で本能的な欲求や生理的な衝動の貯蔵庫であり、煮えたぎる釜のようなイメージとして表現される。エスは、ヒトにとって完全に無意識的なものであり、ヒトの精神エネルギーの源泉である。エスは快楽原則(今すぐにでも欲求を満たして不安や苦痛を取り除こうとする)に従うため、善悪や論理的な判断は存在せず、「欲求のままに行動する本能がむき出し」といえる。そのため自我は、自分の中にあるとは気付かない「エス」の存在によって翻弄されている。

エス | 看護師の用語辞典 | 看護roo![カンゴルー]

 

このサイトの上記の説明がわかりやすくて、かつ、真未という存在を説明するのにしっくりきました。"善悪や論理的な判断は存在せず、「欲求のままに行動する本能がむき出し」"ってめちゃくちゃ真未じゃない???"自分の中にあるとは気付かない「エス」の存在によって翻弄されている"のもとっても深馬じゃない??真未は、本当はこうしたい!こうなりたい!といった深馬の願望や欲求が理性によって抑圧された結果、膨れ上がってできた存在なんだろうなぁ。そこには、深馬が大学生という、大人でも子どもでもない時期というのも大きく関係しているのではと思います。子どもほど欲求に素直に従えないし、大人ほど欲求と上手に付き合えない。モラトリアムなときだからこそ、真未は生まれたのではないでしょうか。

 

深馬は真未であり、真未は深馬であるならば、名前が"みうま"と"まみ"でマ行だらけ!なのも必然でしょうね〜!!!!!真未の漢字にも意味がある気がしてくるよね。真実(しんじつ)の真に未満の未をあててくるあたりとかさ〜〜!どうなの加藤さん!!

 

加藤さんが毎年忙しい時間を割いて書いてくださるアルバムのライナーノーツがあるんですけど、アルバムSTORYに収録されている「エス」という曲の説明で、エス、エゴ、リビドーといった、専門用語をゴリゴリに使ってきたところも、真未=無意識(エス)説の判断材料になってます。脚本の執筆時期と、ライナーノーツ執筆時期多分かぶってると思うんだよなぁ。

 

 

なんて書いていますが、舞台上には2人いるわけなので、真未は実在しないなんて、観劇中は思いもよらなかったわけです。なんかヤベェ女の子きたなくらいに思っていました。

 

 

真未は実在しなかったという種明かしがされるのは舞台の終盤、深馬、北見、原田の3人の居酒屋のシーン。学生生活を振り返りながら、なんやかんやあって深馬の絵が切り裂かれた時の動画を見る3人。舞台上では真未が切り裂いていたんですよね。客席(私)も当然、真未が切り裂いたと思っているわけです。しかし、動画に映ってるのは深馬の姿。えっ????深馬の絵を切り裂いたのは深馬自身だったのーーーーー?!?真未は?真未が切り裂いてたじゃん?!は?!!どういうこと?!叙述トリック的なやつーーーー?!?!舞台でーーーー?!!って感じでした。

 

そこから巻き戻る時間。真未の行動は全部深馬自身の行動であったと答え合わせがされていきます。

 

初めて深馬が真未(エス)と対峙したのは、橋の下で、そのトリガー(眠りから起こすきっかけ)となったのは杏奈の電話だったんですよね。杏奈ちゃんも大切な舞台装置だったんだなぁと。そのあと、染みのある部屋に帰ります。(7/11 追加 この後のシーンごっそり記憶から抜けてた 杏奈ちゃんの電話をトリガーに真未と対峙したあとは、口づけしかしてなかった…でも、性的欲望という点では一緒かな)性的欲望はリビドーとも言い換えることができて、リビドーはエスを源泉とすると言われてるんですよね。文字通り真未(エス)とひとつになった深馬(ある種リミッターが外れた状態)は、その後訪れた杏奈の家から、よく笑うようになったし、自我と無意識の境界線が曖昧になった状態の深馬として、衝動的に絵を描けるようになったと。リビドーを芸術へと昇華できるようになったわけです。自分の中の衝動的な感情を絵にぶつけられるようになったけれど、うまくコントロールができなくて、人が変わったような印象になったのではないかなぁ…。

 

 

ここでひとつ、深馬のシャツの色について。真未とひとつになったあとの(学校のシーン)深馬のシャツは黒だった(と思う)し、真未の衣装もずっと黒でした。でも、答えあわせのシーンや真未とひとつになる前の深馬のシャツは白だったと思うんです。もしかして、黒という色で、このシーンは事実とは異なるってことや実在しないってことを表していたりするの…???ここは配信で確認したいなと思っているところです。加藤さんすごくト書きを書いたって言っていたけど、黒の使い方もかなぁ?瀬戸山さんの手腕かな???どちらにしても天才ですわ…

 

主演の正門くんのことは、この舞台で初めてちゃんと認識したんだけれど、間違いなく顔が良い。そして声も印象的で、とても素敵だった!!

 

あと、登場人物が話す会話の内容や、言葉選びがとても面白くて、私は大好きなテイストでした。坂元脚本が好きな方とかもきっと好きだと思う。

 

正直、観劇直後は何が起こったのか分からなくて、混乱したまま家路に着いたのですが、一晩経って、真未を深馬の無意識と位置付けて舞台を振り返ると、色んなことの辻褄が合う気がしたので、私の中で真未は深馬の無意識の擬人化だったんだなという結論に落ちつきました。(7/11追記 無意識というよりも、潜在意識といった方がしっくりくるかもしれない)

 

 

 

と、好き勝手書き連ねてみましたが、実際は全然違うかもしれないよね!!!!!本当のところは配信で確認してほしいな!!!!!!!!私も配信みたら、えっ全然違うやんけ…恥ずかしッ…となる可能性も大です。その場合は、そっと記事を消すか、修正します。狡い。また、自我とか無意識とか、一応調べたけれど、ど素人なのでトンチンカンなことを言っている可能性も大いにあります。

 

 

真未の存在の他にも、季節外れに咲く桜とか、アートそのものとか、たくさん考察できそうなところはあるのだけれど、そこまで私の頭が追いつきませんでした…誰か…お客様の中に有識者はいらっしゃいませんか……

 

 

単純に大学生のお話として、オレンジデイズに憧れたあの頃の気持ちを思い出せたりするので、興味がある方は是非!!!!!!配信をご覧になって!!!!!!!!!

 

 

舞台「染、色」 | Johnny's net オンライン

 

 

観た人の数だけ解釈があるだろうし、どれが正解とかはなく、それぞれが感じたことを大切にすればいいと思うのですが、紛れもない事実なのは、自担が天才だということと、7月11日はその天才のお誕生日だってことです。

 

 

加藤シゲアキさんお誕生日おめでとうございます!!!!!!!

 

フライングのお祝いで締めます!!!